2011年4月号記事

編集長コラム

エジプトの「民主革命」がアラブ各国やイランなどにも飛び火している。中国も報道やネットを厳しく統制し、革命の波及におびえている。

ふつうの見方ならば、フェイスブックなど新たな情報技術が、失業やインフレに対する国民の不満を結びつけたということなのだろう。

ただ、本誌連載の地政学者・奥山真司氏が度々解説している「戦略の階層性」(注)を拝借すれば、これは最も下にある「技術」の話にすぎない。

時代を画する変革となれば、「世界観」のレベルでも分析しなければならない。

米オバマ大統領はエジプトの民衆運動への支持を繰り返し表明していたが、その「世界観」がアラブ・中東の民主化を引き起こしているのではないだろうか。

(注)国家戦略の関係性を明らかにした考え方。上位から順に「世界観=自分は何者か、何が役割かというアイデンティティー」「政策=とるべき方針」「大戦略=資源の使い方」「軍事戦略=軍の動かし方」「作戦=部隊の動かし方」「戦術=兵士の戦い方」「技術=戦う際の武器」の7つの階層があり、下位のものは上位のものを成功させる手段。

オバマがエジプトの民主化を起こした?

オバマ氏は09年6月、エジプト・カイロで「新しい始まり」というタイトルで演説を行った。そのメッセージは、「イスラムとの和解」と「民主化への支持」だった。

演説でオバマ氏は、何度もコーランを引用してイスラムへの理解をアピールする一方、イスラム諸国と対立的なイスラエルに妥協を要求。イスラム圏での形式ではない真の民主主義の実現を求めた。

当時その場で聞いたエジプト人学生が「米国の大統領とはとても思えない」とコメントし、アフガニスタンで中継を見た同国人が「米国の大統領がこんなに親イスラムとは信じられない」と驚いたと報道されたほどだ。

結局、このときオバマ氏が表明した「世界観」がそのまま、アラブ・中東の民主化蜂起となって展開している。

約半年後のエジプト議会選挙で与党第一党が予想される「ムスリム同胞団」は、最高幹部が米国の援助の拒否や、イスラエルとの和平条約破棄を表明している。

同胞団はアラブ各国に支部組織を持ち、イスラム法で治める統一アラブ国家の樹立を目指す宗教政党だ。オバマ氏の「世界観」は、「反米」「反イスラエル」のアラブをも生み出そうとしている。

一般教書演説で

外交・安保はわずか1割強

もう一つ気になるのは、オバマ氏の中国に対する「世界観」だ。

今年1月の一般教書演説で、オバマ氏は8割以上を景気対策などの内政問題に割き、外交・安全保障についてはわずか1割強しか語らなかった。「世界の警察官」としての米国大統領の年初の方針ならば、半分は外交・安保分野を取り上げてしかるべきだろう(ブッシュ前大統領の08年の一般教書演説は6割を割いた)。

しかも、中国の覇権主義的な台頭について、一切言及していない。各国が中国問題を今世紀前半の難題として受け止め始めた中、空母建造やステルス機開発、対艦中距離ミサイル開発など急ピッチで進む中国の軍拡に沈黙を決め込んだ。

オバマの頭の中では

中国の台頭を野放し

その演説に先立つ1月のワシントンでの米中首脳会談では、オバマ氏が胡錦濤・国家主席に対し、投獄中の民主活動家・劉暁波氏の釈放や、もう一段の人民元切り上げなどを一応求めたが、一蹴されて終わった。

ある日本の外交評論家によれば、「中国の台頭にクギを刺すのは、危機感が強まった今のタイミングしかなかった。しかしオバマは強く主張しなかったので、国務省と国防総省が激怒した」という。

オバマ氏の頭の中は、台頭する中国を何とかしなければという考えは一切なく、中国がそのまま放置されているかのようだ。

エジプト政変を「技術」の視点で見れば、ネットを介した民主化運動を警戒する中国がクローズアップされる。「世界観」から見れば、野放しの軍事覇権国家・中国に焦点が当たる。

日本としては中国を「技術」から理解したいところだが、米大統領の「頭の中」も軽く見ることはできない。やはり、米国大統領が世界最大のパワーを持っているということなのだろう。

(綾織次郎)