仕事と育児の傍ら、東京都内で取材に応じる新舎さん。

チャロー

毎月発刊されるフリーペーパー「Chalo」。店舗や商品紹介のみならず、「使える!! インドの会計・財務の豆知識」など、幅広い記事が掲載されている。

ユニクロやココイチもインド進出を発表し、ビジネスにおける日印の距離は縮まる一方だ。一方、多くの日本人にとって今なお遠い"不思議の国"であることも事実。

インド初となる日本人向け月刊誌「Chalo(チャロー)」を創刊した新舎春美(しんしゃ・はるみ)さんに東京都内で、インド生活のリアルを聞いた。

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──なぜ、インドで日本人向けのフリーペーパーを発刊されようと思ったのでしょうか。

新舎春美さん(以下、新): 一言で言うと、インドにないからつくったという感じです。

30歳の時に会社を辞めて世界一周をしたんです。その時は、周りの人たちから「あなたにはインドはまだ無理だ」と言われ、行くのを諦めました。ただ、世界一周をしている途中で、当時インドで会計士として働いていた今の主人と出会いまして。それが、インドとの縁になりました。

直接的なきっかけは、二人でベトナム旅行に行った時です。手に取った日本人向けフリーペーパーがとても充実した内容で。主人に「インドにこういう雑誌はないの?」と聞いたら「ない」と答えたので、「じゃあ、つくろうか」と。当時まだインドに行ったこともなかったのに、インドに移り住んで雑誌をつくると決めました(笑)。

──インド駐在の日本人で「Chalo」を知らない人はいないと聞きます。実際、インドでどの日本料理店に行っても「Chalo」が置いてありましたが、どのようにしてネットワークを築かれたのでしょうか。

新: お店に雑誌を置いてくださいとお願いして断られたことが、実は一度もなくて。

インドに住んでいる日本人って、お互いに助け合おうとする絆がとても強いんです。「Chalo」も、そうしたつながりの中で、助け合いの道具の一つとして使っていただいている感じですね。

例えば、日本人がインドで輸血しなくてはならない状況になったとします。インドで身元不明の血を輸血するのは抵抗がありますよね。血を売ってお金を稼いでいるインド人もいますし。そんな時、Face bookで「何型の血液が足りません」と呼びかけがあると、日本人が集まって献血するんです。

そのような日本人ネットワークの前提があるからこそ、数多くの日本人に「Chalo」を読んでいただけています。

アジア諸国とは一味違う難しさ

──インドでビジネスをするにあたって、会計や法律関係を担当してくれるインド人パートナーが重要かと思います。雑誌の創刊にあたっては、どのようにパートナーを見つけられたのでしょうか。

新: 主人がインドの会計事務所で働いていた時の同僚に、パートナーになってもらいました。すでに12年間の交友関係があり、とても信頼できる方です。インド人従業員を雇う際にもそのパートナーの奥さんを採用したので、給料でもめたりすることもありませんでした。

もともとあった人脈を辿ったので、パートナー選びや従業員の採用など、一般によく言われる苦労をあまりしていないんです。

──現地法人をつくる際の「パートナー選び」で苦労される日本企業も多いと聞きます。新舎さんから見て、成功している人と失敗する人の違いは何でしょうか。

新: 日本から来られて、一回目の視察で「いい人が見つかりました」とおっしゃる方がけっこういらっしゃいますが、うまくいかないことが多いようですね。

これは、インド人の気質に関係するのかもしれません。「提携しましょう」と話を持っていって、最初から断るインド人はあまりいません。というのも、インド人の多くが「ノー」と言うのは相手にとても申し訳ないことだと考えているのです。なので、道を聞かれた時に、例えその場所を知らなくても「分からない」とは言わず適当に道を教えてしまう人もいます(笑)。

そうした国民性の違いもあって、行き違いが生まれるようです。視察に来た日本人が相手の言葉を真に受けて、「いいパートナーが見つかりました」と本社に報告するも、細かい話を詰め始めると向こうから「そんな気はない」と断られることがあります。

また、インドで難しいのが、他のアジア諸国ほど「日本人へのリスペクト」がベースにないところかと思います。むしろ距離的に近いヨーロッパへの憧れが強く、アジア諸国にあるような日本人や日本商品に対する無条件の高評価はそこまで強くありません。

中国駐在を経験した上でインド駐在をされた方々にもお会いしましたが、一様に「全然勝手が違う」とおっしゃっていました。本社からすれば、「どっちも同じでしょ」という感じですが、インドの方が難しいようですね。

アジア諸国と同じような想定でいると、つまずくかもしれません。

──インドで雑誌を発刊するにあたって、一番困難だったことをお聞かせください。

新: この質問はよく聞かれるのですが、ないんですよね(笑)。小さなトラブルはたくさんありますが、発刊ができなくなるような大きな問題は経験しませんでした。

あっても、インド人が書いていたボリウッド映画のコラムが、日本人の方が執筆されていたコラムの丸パクリだった事が判明したとか(笑)。

最初のころは印刷でもいろんな問題が起きました。表紙の紙の上に薄いラミネート加工が施してあるのですが、ある時、このラミネートと紙の間に水が入ったのかブヨブヨの状態で送られてきまして。印刷所に怒鳴り込みに行ったら「雨だからしゃあない」と鼻で笑われたことがあります。他にも、一冊一冊の雑誌がつながっていたり……。

そういった小さなトラブルはいくらでもありますが、そこまで大きな困難というのは今までありませんでしたね。

すれ違いざまの痴漢に後ろからとび蹴り

インドでよく見る手押し車の青果販売(画像はイメージ写真)。
Dmitry Chulov / Shutterstock.com

乗り合いのオートリキシャ(画像はイメージ写真)。
RaksyBH / Shutterstock.com

──インドでの生活についてお聞きしたいと思います。新舎さんはどちらにお住まいでしたか。

新: 今は娘を出産した関係で日本に帰ってきていますが、インドにいたころはデリーとグルガオンの間にあるマンションに住んでいました。4、5階建てで、ミドルクラスのインド人が住むような普通のマンションです。

家の下には手押し車の八百屋さんがあって、近くにスーパーなんかないので、肉を買いに行く時などは別の場所に買いに行っていました。

メトロも走っていないところだったので、バスや乗り合いのオートリキシャに乗って買い物に行っていました。

乗り合いのオートリキシャが便利でよく使っていたのですが、ショートパンツを履いて乗った時に痴漢に遭いまして。運転手の横しか空いていなかったので、そこに乗ったのですが、途中から運転手が太ももをまさぐり始めて……。

降りてすぐその場で運転手と車のナンバーの写真を撮って、「こいつが今痴漢した!!」と力いっぱい騒ぎたてました。そしたら、その運転手が500ルピー(日本円で800円ほど)を渡してきて、「これでなかったことに」と言ってきたんです。ふざけんなと突き返しました(笑)。

その後、警察が無事捕まえてくれました。ただ、私が出張の最中で犯人を捕まえても裁判所に行けなかったため、「裁判を起こさない代わりにボコボコにするからそれでいいか」と警察官に言われ、「じゃあそれでお願い」と。翌日、警察から電話がきて「今から殴るから!」と事前に報告がきました(笑)。

あとは、オールドデリーを歩いていた時にすれ違いざまに痴漢をされたこともありました。その時は後ろからとび蹴りをしました(笑)。

──さまざまなご経験をされているのですね……。女性がインドに住むとなると、男性以上に困難が伴うかと思います。

新: 見知らぬ人の車に乗らないとか、知らない人に声をかけられてもついて行かないとか、最低限、他の国でも気をつけるようなことに気をつける必要はあります。

例えば私は、絶対に夜の一人歩きはしませんでした。警備の整った高級マンションの敷地内などでない限り、たとえ数百メートルでもオートリキシャに乗るなどして一人歩きを避けた方がいいと思います。そしてオートリキシャに乗った後も、ずっと電話で誰かと話していました。電話口で乗っている車のナンバーを英語で言ったりして、運転手に変な気を起こさせないようにしていましたね。

ただ、インドより韓国の方が婦女暴行は多いと言いますし、どこの国でもそうした事件はゼロではないので、インドがとりわけ危険というわけではないのかなと感じます。インドの悪いイメージが先行しがちですが、落とした財布を誰かが拾ってくれて手元に返ってきたという話も聞きます。そうしたインド人の温かさも、ぜひ知っていただきたいです。

──これから、インド進出をする日本の中小企業がますます増えると予測されます。そうした方々へのアドバイスをいただけますか。

新: まずは実際に現地に人を送り込んで1年くらいインドを体感させてみるとか、短期的な利益ではなく長期的スパンで戦略を考えるとか、具体的なポイントはたくさんあります。

ただ、その中でも一番大切なのが、インドでビジネスをさせていただくと決めた以上、インドやインドの人々に対する尊敬の心を持つということだと思います。

もちろん、文化も考え方が違うので嫌なことも経験します。そうしたことを織り込んだ上で、インド人とどう付き合うかをポジティブに考える。それが、インドでビジネスをする基本だと考えています。ぜひ、もっと多くの日本人にインドで活躍していただきたいですね。

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