高校1年の女子生徒が、同級生を殺害するという痛ましい事件が起きた長崎県で、これまでに取り組んできた「命の教育」のあり方を見直す動きが始まっている。

県教育委員会が29日に開いた臨時の会合では、出席者から「これまでの取り組みの検証が必要」などの声が上がった。県教委は今後、県内の各学校の校長を集めた会合を開き、再発防止のための教育のあり方について検討するという。

佐世保市では2004年6月にも、小学6年の女子児童が、校内で同級生にカッターナイフで切りつけて死亡させる事件が起きた。これを受けて文部科学省は、05年から全国で「命を大切にする心を育む」ことに重点を置く道徳教育の取り組みを推進。07年に改定した学習指導要領には、道徳の授業で「生命の尊さ」を重点的に指導するという内容を追加した。

この流れの中で、佐世保市の小中学校では毎年6月、「いのちを見つめる強調月間」を設けてきた。命の大切さに関する校長の講話や公開での道徳授業をはじめ、小動物や植物の生育、佐世保大空襲などを取り上げた平和教育などにも取り組んできた。

しかし、こうした道徳教育を通して「命を落とさないことの大切さや、その方法」を教えることはできても、「なぜ生命を奪ってはいけないのか」という根源的な問いに答え切ることは難しいだろう。

生命の本質やその尊さなど、目に見えないものの大切さを教えているのは、世界各地で説かれてきた宗教である。しかし、日本の学校教育からは「神、仏という存在がいる」「良いことをした人は天国へ、悪いことをした人は地獄へ行く」といった、基本的な宗教教育は日陰の存在として追いやられている。

教育基本法では、宗教に関する一般的な教養を教えたり、宗教に対して敬意を払うことは定めている。だが、社会問題への対応や生徒への指導、道徳教育において、宗教教育が根付いているとは言いがたい。

人間の本質は魂であり、肉体が死んでも魂は生き続ける、というのが霊的な真実だ。また、この世に生まれる理由は、「人生の様々な出来事を通して魂を磨き、成長させるため」である。殺人が罪なのは、他の人が幸福に生き、魂を成長させる機会を奪ってしまうからだ。

もちろん、家庭教育が大切なことは言うまでもないが、子供が一日の大半を過ごす学校での教育は、人格形成に大きな影響を与える。残虐な事件を二度と繰り返さないために必要なのは、現在の道徳教育を「宗教教育」のレベルに引き上げ、真の意味で生命の大切さを学び、善悪の判断ができる子供へと育てることである。(晴)

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