2014年6月号記事
ザ・リバティ論壇
「言論の力」で時代を切り拓く、さまざまな分野の専門家の寄稿を掲載します。
東トルキスタンの過去と現在
ウイグル人弾圧が正当化される中国
中央アジア研究所代表 世界ウイグル会議研究センター副長
トゥール・ムハメット
東トルキスタン生まれ。85年に北京農業大学を卒業後、新疆農業大学助手・講師を経て、94年に来日し、九州大学大学院に学ぶ。97年に、東トルキスタンのグルジャ市で起きた、中国軍によるウイグル人弾圧を機に、中国政府を糾弾する活動を始める。99年、農学博士号を取得。現在は、日本の民間企業に勤務するかたわら、執筆や講演活動でウイグルの人権問題を訴える。
中国の雲南省昆明駅で3月1日、身元不明の武装グループが一般市民を襲い、たった30分で29人を殺害し、約140人に重軽傷を負わせる事件が起きた。中国政府は事件後、直ちに、いわゆる「東トルキスタン(※)独立派」がこの事件を起こしたと断定し、事件の性質を「テロ襲撃」と発表した。
この事件に対し、国際社会は強い関心を寄せ、アメリカや欧州連合、そして日本が政府談話や見解を発表。一般市民を無差別に殺傷したことを非難すると同時に、自国民であるウイグル人に対する人権弾圧をやめて、彼らの境遇を改善するよう中国政府に求めた。
しかし、中国政府はいつもと同じように、今回の事件を即座にウイグル人の独立運動と結びつけ、東トルキスタンに対する締め付けは元より、中国本土の多くの大都市や地域でもウイグル人に対する排除を行った。例えば、雲南省沙甸鎮だけで900人ぐらいのウイグル人が、出身地・東トルキスタンに強制送還された。
今回の昆明で起きた大量殺傷事件は、日本でも各マスコミに大々的に取り上げられ、中国政府発表の内容を紹介すると同時に、事件の背景にある中国国内の様々な問題にスポットを当てて解説する報道が多く見られた。だが、中国政府が行っているものが、ウイグル民族の絶滅を目指した「ホロコースト(大量虐殺)」であるという認識が欠けているため、大抵の報道は、一般的な中国政府の政策の誤りやウイグル人と中国人との「民族間対立の問題」として扱っている。
(※)この連載における「東トルキスタン」の表記は、現在の中国で「新疆ウイグル自治区」と呼ばれる地域を指す。また、「ウイグル」は、東トルキスタンの中でもっとも多くの人口を占める人々の民族名。なお東トルキスタンには、ウイグル人のほかに、ウズベク人、キルギス人、タタール人、タジク人などが住む。
民衆の怒りをウイグル人に向かわせる
今回の事件をどのような組織が起こしたのかは、事件から1カ月経った今でも謎である。中国民主派や法輪功関係の海外メディアの中には、この事件を習近平指導部の施策に不満をもつ江沢民派が仕掛けたと主張するものもあれば、長期間、中国共産党(中共)の政法委員会のトップとして君臨し、昨年9月から失脚説が流布されている元政治局常務委員の周永康のグループが計画して実行したという主張もある。しかし、それを証明する材料は出てきていない。