ローマ法王フランシスコが11月下旬に発表した公式文書で、露骨な表現で資本主義を批判したことは、本欄でも触れた。文書では、現状の資本主義が「排除と不平等の経済」「その根本において不公正」と明言したことから、各方面から「ローマ法王はマルクス主義者だ」という批判が噴出している。

そうした批判に対して、法王を擁護する側からの反論も多い。英ハフィントンポスト(オンライン)はこのほど、「資本主義を批判したからと言ってマルキストと呼ぶな――クリスチャンと呼べ」という記事を掲載した。法王が資本主義を批判したのは、マルクス主義者だからではなく、キリスト教者として「貧困の原因を問い」「貧困者に何ができるかを考えた」だけだと主張する。

これは、法王の慈悲の思いが、あたかも悪者扱いされていることに対する反発だ。確かに、キリストは、苦しむ人々や貧者を救う教えを説いた。人間にとって非常に大切な信条であり、この心を忘れ、自分だけの成功や幸福を追い求める貪欲な人間が多いのは問題だ。

しかしだからと言って、資本主義そのものを批判することは筋が違う。経済統制を進めたソ連などの共産主義社会が、多くの人々の幸せを実現したかと言えば、決してそうではない。むしろ、資本主義の精神が貧困を救う力となる。

私有財産という経済的自由が保障された中で、企業家が新しい価値を生み、多くの人を雇って、社会に多くの製品やサービスを提供し、そこで得た利益によって、さらに新しい価値を生む。こうしたサイクルが世界の富を増やしていく。

たとえば、世界最大のコンピューター・ソフトウェア会社として有名な「マイクロソフト」は、9万人以上を雇用している。さらに、関連企業や取引企業などで働く従業員、その家族などを含めれば、数十万人、数百万人の人々の生活を支えることになる。また、創業者のビル・ゲイツは現在、世界最大の慈善団体をつくり、ボツワナのエイズの死者を7年間で3分の1に減らすなど、途上国の人々の飢えや飢餓の克服に取り組んでいる。

歴史を振り返れば、ロックフェラーやカーネギーなどの富豪たちも、多額の寄付によって貧困救済、大学・図書館・博物館などの建設を行い、教育によって多くの層の人々に成功のチャンスをつくってきた。

法王は今月17日の77歳の誕生日に、4人のホームレスとバチカン内で朝食をともにするなど、貧困層の救済に力を入れていることをPRしている。もちろん、その精神は大事だが、資本主義を批判したところで、貧困が減るわけではない。むしろ、富める者への恨みや妬みを助長し、社会から自助努力の精神が失われかねない。

サッチャー元英首相の「お金持ちを貧乏にしても、貧乏な人はお金持ちにならない」の言葉どおり、豊かさの否定の先に待っているのは貧困だ。法王が発信すべきは、裕福な人々に対して、貧しい人々を救おうという騎士道精神を呼びかけることではないだろうか。(光)

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