ネタニヤフ首相(左から2人目:イスラエル)オバマ大統領、アッバス議長(右:パレスチナ自治政府)(ワシントンのホワイトハウス 2010/9/1)

アメリカ発メディア・ウォッチ

紛争が多発する世界の現状は日本では詳しく報道されない。

米在住のレポーターが海外メディアの伝える「今」をウォッチする

「あなたは平和のパートナーだ」

強硬派で知られるイスラエルのネタニヤフ首相が、パレスチナ自治政府のアッバス議長にこう告げた。核開発中のイランを横目に、中東全体の安定がかかった、先行きの見えない交渉が再開された。

オバマ米大統領の仲介のもと、イスラエル・パレスチナの両首脳が9月2日、和平問題をめぐって1年8カ月ぶりに直接交渉の席に就いた。

両首脳は2週間ごとの継続協議を開くとともに、1年以内に和平の「枠組み合意」の締結を目指すことで合意した。

まずは対話の再開に安堵の声が上がったが、交渉への期待は小さい。

9月7日付の英紙フィナンシャル・タイムズは「中東和平の交渉についての評決は、始まるはるか前から明らかだった。つまり、以前の交渉と同じく、今回の新しい取組みも失敗する運命にあるということである」と酷評した。

9月4日付の米紙ニューヨーク・タイムズも「首脳らは1年の野心的な期限を設けた。もしも彼らが本当にコミットするなら、それは称賛すべきことだろう。しかしそれは、大きな『もしも』である」と会議の先行きに懸念を投げかけた。

60年におよぶ対立と和解

高まらない高揚感の背景には、60年以上にわたって紆余曲折を繰り返した対立の深さがある。

イギリスは第一次世界大戦中に、パレスチナ地方において、アラブ諸国の独立とユダヤ人によるイスラエルの建国を同時に認めるという「二枚舌外交」を展開。同地に住んでいたアラブ人と、シオニズム運動のもとで故郷を求めて大量に入植してきたユダヤ人との間に対立が起こった。

第二次大戦後には国連決議に基づいてパレスチナは分割され、ユダヤ側は1948年にイスラエル共和国を建国した。

この決議と建国を不服とするアラブ諸国とイスラエルとの間に第一次中東戦争が起こるが、イスラエルがこれに勝利し、独立国としての足場を得た。

その後も、イスラエルとアラブ諸国、パレスチナ人との間では対立と和解が繰り返されてきた。

現在の懸案としては、第一次中東戦争の結果、国連決議よりも支配領土の多くなったイスラエルと、パレスチナとの間での国境線の問題や、イスラエル・パレスチナ両国の相互の承認、聖地エルサレムの帰属といった難問があるが、議論は平行線をたどったままである。

つばぜり合いから交渉決裂も

今回の交渉も、いつ決裂するともわからない。

イスラエルはパレスチナ自治地域に入植活動を進めてきたが、現在は10カ月間の凍結期間にある。

その期限が切れるのは9月26日で、アッバス議長はイスラエルが凍結を延長しなければ会議を離脱すると宣言しているが、ネタニヤフ首相がそれに応じる気配はない。

交渉再開に際しては、ガザ地区で同地を実効支配する武装組織ハマスが、イスラエルの入植者を殺害する事件も起きた。9月4日にはガザ地区からイスラエル領内に発射されたロケット弾への報復としてイスラエルが空爆を行っている。こうしたつばぜり合いが、交渉の先行きに影響を及ぼす可能性は否めない。

イラン問題も視野にアメリカは交渉仲介を

そうすると、カギとなるのはアメリカの取組みということになる。

9月2日付の英紙ガーディアンは、「結局はオバマが何をできるかにかかっている。強い意志と、双方を決着へと導くのに必要な(大統領としての)政治的立場をかける覚悟が彼にあるのかだけでなく、(弱い立場にある)パレスチナ人にとって多少なりとも公平な決着へと推し進める意志があるのかが問われている」と論じた。

9月2日付の英紙タイムズも、「『交渉が行き詰まった時には、危機感(をあおること)が適切な対応だ』と主張したオバマ大統領は正しい」と、難局の打開を手助けするアメリカの関与に期待を寄せた。

和平問題に際し、オバマ政権が念頭に置くべきは、「イスラエルをせん滅する」と言ってやまない、イランへの対処である。

強硬派のネタニヤフ首相が交渉の席で柔らかい物腰を見せた背景には、「核武装するイランという、より大きな脅威に集中するため、イスラエル・パレスチナ紛争の停滞を解消したい」との思惑があったとの指摘もある(9月3日付米誌ニューズウィーク)。

9月3日付の英紙フィナンシャル・タイムズも、「ネタニヤフ氏はイスラエルの安全保障が交渉の優先事項であるべきだと主張した。昨日彼は『安全保障は絶対だ。安全保障は和平の基礎であって、それなしに和平は続かない』と発言した」と伝えている。

中東全体の安全保障という観点は、実際の交渉においても避けて通れない。しかしイスラエル対アラブの問題での舵取りは、どちら側につくかという「ゼロサム・ゲーム」になりかねない。

8月28日付の英誌エコノミストは、「パレスチナ問題の解決はオバマ氏の名誉になるだろうが、イランを非核化しつつイスラエルに先制攻撃を放棄させるのは、政権にとって最も重要な外交政策の一つである(中略)。

現在のところ、オバマ氏とネタニヤフ氏は、対イラン政策において連携しているようだ。アッバス氏の参加を犠牲にせずにそれを続けるのは難しいかもしれない」と論じている。

初日の交渉は笑顔と握手のうちに終わったが、成果に結び付くまでは途方もなく長い道のりである。

9月4日付の英紙タイムズが論じたように、「ワシントンでの期待の高まりに反し、早々に現実を思い知らされるかもしれない。交渉がそんなにうまくいくものなら、そもそも『和平交渉』の必要はない」。