2012年7月号記事
「国を奪われる」経験を日本人には味わってほしくない
1953年チベット生まれ。59年インドに亡命、65年に来日。80年ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表などを歴任。著書は『最終目標は天皇の処刑 中国「日本解放工作」の恐るべき全貌』(飛鳥新社)など多数。
映画の宗教的な描写は、私の考えと異なる点もありますが、他国からの侵略について日本人に警鐘を鳴らすという点では大切な作品だと思います。
今、世界が直面している問題は、一度は衰退したかに見えた共産主義、全体主義が再び力を持ち始めたことです。特に中国の共産党政府は、血なまぐさい闘争に次ぐ闘争の上に築かれた権力。今後も権力維持のために、国内のみならず周辺国にも多くの犠牲を強いるはずです。
しかし、映画にも描かれていたように、 中国は他国を占領する前に「友好」「寛容」という甘い言葉で近づいてきます。そして、その国の政財界などと深い関係を築いた後、国際情勢の混乱など、どさくさにまぎれて武力を使って侵略するのです。
日本の政財界にも「日中友好」を声高に叫ぶ人がいますが、経済的なつながりなどで、すでに中国に取り込まれている人も多い。マスコミも、中国国内で取材ができなくなることを恐れ、中国の批判を避けてきました。
たとえば、私がテレビ番組で中国を批判しても、その後に、中国を擁護する人の意見を紹介して、その人の方がバランスの取れた中立的な意見であるかのように印象操作を行います。
日本人は、厳しい現実に目を向けるべきです。侵略されたチベットでは、信教の自由や言論の自由が奪われ、中国政府に従わない人々が次々と拷問され、殺されています。焼身自殺をしてまでも、そうした惨状を国際社会に訴える人が後を絶たないという事実を真剣に受け止めていただきたい。
今、チベット人は中国政府の徹底した監視下に置かれ、チベット人として生まれたこと自体が「罪」であるかのような扱いを受けています。チベット人の「国を奪われる」というつらい経験を、日本人には絶対に味わってほしくありません。
■ 「日本占領」は、フィクションなのか? (識者によるコメントあり)