欧州中央銀行(ECB)のトリシェ前総裁が、「未来の欧州」と題する寄稿を11日付日本経済新聞で発表している。骨子は次の通りだ。
- 2016年までにユーロ圏の域内総生産(GDP)は購買力平価で中国を下回る。
- 欧州は経済・政治両面で統合を通じて、影響力を保つよう対処しなければならない。
- 財政政策だけでなく、経済に影響するすべての側面で欧州委員会と加盟国による厳重な相互監視が求められる。
- いつの日か「EU財務省」を創設するという考えは大胆だろうか。
- 実現すれば同省は、財政・競争力強化の両政策の監視体制を統括し、必要ならば強制力をもって対応を指示する。
- EU財務省の創設を検討しないことのほうが「大胆」といえる気がする。
要するに、ユーロ圏は世界で唯一米国に匹敵する存在だったのに、このままでは中国よりも下回ってしまう。対抗するためにはユーロ圏は統合しなければならず、そのためには財政政策の統合が必要で、結局、EU財務省の創設をするほかないという主張だ。
この考えは、二重三重に間違っている。
まず、「統合しなければ、アメリカや中国に対抗できない」という発想に問題がある。規模は経済力を測る上での重要な要素ではあるが、すべてではない。第一、数合わせによってGDPで凌駕したところで、本当の経済力にはならない。実際、ユーロ圏は、規模は大きいが、意思決定が遅いために機敏性に欠け、昨今の国際的なスピード社会に対応できていない。大きくなったことで、かえって弱くなったと言える。
また、その大きくて鈍いユーロ圏が、財政統合すれば、今度は柔軟性も失われ、経済が硬直化してしまう。
さらに、「監視」と「強制」で、危機を乗り切るという発想も誤っている。これだけ大きな規模の経済を、監視と強制でコントロールできると思っていること自体、傲慢であり、その傲慢さが、今日の危機を招いている。
変化の激しい時代にあって、トリシェ前総裁の提案は危険だ。
ユーロ圏を、デカくて、ノロくて、カタいという負の三拍子が揃った存在に落とす発想だ。この発想がユーロ圏の常識となっている限り、ユーロ圏の再生は危うい。(村)
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