【再掲】故・渡部昇一氏インタビュー 改めて発信すべき「南京」の無実

【再掲】故・渡部昇一氏インタビュー 改めて発信すべき「南京」の無実

東京裁判の被告席の様子(Wikipediaより)。

 

中国の上海交通大学が、いわゆる「東京裁判」に関する記念館設置を検討している。25日付産経ニュースが報じた。

 

文献や証言の資料が中国側の視点で展示され、「愛国教育基地」として公開されるという。

 

この「東京裁判」の中で、日本軍の「罪」の一つとして出てきたのが、「南京大虐殺」だ。「南京大虐殺」については、カナダの複数の州で、毎年12月13日を「記念日」として制定する動きが進んでいる。

 

日本における、憲法改正などの動きに対抗するかのように、「反日」の歴史観を強調する動きが、加速しつつあるのだ。わが国としても、強く反論する必要がある。

 

そこで本欄では、本誌2014年9月号記事の「東京裁判史観」「南京大虐殺の"ねつ造"」に警鐘を鳴らし続けてきた故・渡部昇一上智大学名誉教授へのインタビューを再掲する。

 

(再掲元は http://the-liberty.com/article.php?item_id=8170)。

 

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故・渡部昇一上智大学名誉教授のインタビュー

 

南京での「虐殺」は限りなくゼロに近い

20万人以上のシナ人を殺したとする「南京大虐殺」が初めて登場したのは、日本を侵略国と決めつけて裁いた東京裁判です。しかし、大虐殺がなかったことを示す材料はたくさんあります。

 

例えば、被害者であるはずの中国国民党の蒋介石が、約300回にわたる外国人記者団との会見で一度も大虐殺に触れませんでした。また当時、国民党は、日本軍による南京空爆の際、爆弾が民家に落ちたことを国際連盟に訴えたにもかかわらず、大虐殺については一度も抗議していません。もちろん、中国共産党の毛沢東や米英仏の各国も公式に抗議していない。なぜか。それは「なかった」からです。

 

 

虐殺の目撃は「1人です」

当時の欧米人の中に、「虐殺があった」と主張した人がいるのは事実です。ただ彼らの多くは、決して公平な第三者ではありません。例えば、英紙「マンチェスター・ガーディアン」の特派員である、ハロルド・ティンパーリというオーストラリア人の記者は、南京陥落の半年後、『外国人の見た日本軍の暴行』という本を書きました。

 

これは事実上、唯一の「南京大虐殺」の記録ということになっていますが、彼は一度も南京に行かずにこの本を書き、国民党の宣伝部から金をもらっていました。反日プロパガンダ(政治的な宣伝)であることは明らかです。

 

また、南京につくられた安全区を管理する国際委員会のメンバーに、アメリカ人のマギー牧師がいました。東京裁判における「南京大虐殺」の審理は、彼らの証言を中心に進められましたが、証言は全てシナ人などの伝聞に基づくものでした。反日的なシナ人が日本軍を貶めるために、うそやデマを通報したことは容易に想像がつきます。

 

その証拠に、マギー牧師は反対尋問で、「では、あなた自身が実際に目撃した殺人は何件ですか」と尋ねられ、正直にも「1人です」と答えています。

 

 

国民党軍同士が殺害した

もちろん死んだシナ人もいますが、その多くは「便衣兵」です。便衣兵とは、軍人のくせに軍人の服装をせずに市民にまぎれ込む「ゲリラ兵」です。これは「山賊」と見なされ、殺されても仕方がありません。

 

そもそも交戦者(軍人)の資格は、国際法で決められています。第一に、兵士たちの責任を負う指揮官がいること、次に、遠くから見ても軍人と分かるような服装をしていること、第三に、武器を見えるところに持っていること、そして、戦争法規を守っていることです。

 

さらに、国民党には「督戦隊」がありました。これは、自軍の兵士が命令通り戦っているかを後方から監視したり、勝手に逃げたり、降伏しようとする兵士に発砲したりして、強制的に戦わせる軍隊です。南京ではこの督戦隊が、逃げてくる自軍のシナ兵をたくさん撃ち殺した。それさえも、全て日本軍による「虐殺」とされてきたのです。

 

 

日本に「虐殺の思想」はない

当時の日本軍の規律の高さは、世界トップレベルでした。

 

日本軍は南京以外にも、北京や青島、漢口、広東などの都市を攻略しましたが、そこで虐殺など起きていない。日本には、無差別に人を殺す「虐殺の思想」などないのです。ただ蒋介石は南京をオープンシティ(注)にしなかったため、市街戦となり、双方に死者が出たのは確かです。

 

今年6月末から台湾の故宮博物院の展示が東京で始まりましたが、あの文化財は元々、北京の紫禁城にあったものを、蒋介石が重慶に逃げる時に持ち出したのです。その時、文化財の大部分は南京に残してありました。

 

その後、日本は南京を8年間占領しましたが、文化財には全く手を付けず、無傷のまま残しています。それを蒋介石が台湾に逃げる時に運んだ。どの国の軍隊も、金目のものを略奪するのは「常識」ですが、それを日本軍はやらなかった。こうしたことを考えても、「日本軍によるシナ人市民の虐殺は、限りなくゼロに近い」と言っていい。「南京大虐殺」の議論は、日本国内では精密な研究の結果、すでに「なかった」と決着が着いています。

 

日本は国際社会で「してもいないこと」を謝り続けるのではなく、「されたこと」をもっと主張すべきです。アメリカには「市民を標的にした東京大空襲で、ジェノサイド(虐殺)された」「広島と長崎に原子爆弾を落とされ、市民をホロコースト(大量虐殺)された」と言えばいい。

 

これに対し、日本は、政府の意思として市民を標的に攻撃したことはない。真珠湾攻撃も特攻隊も、狙ったのは軍艦です。そうした事実を伝えなければ、靖国神社に祀られている300万の英霊は浮かばれません。(談)

(注)市民や町への被害を最小限におさえるため、敵に都市を明け渡すこと。

 

【関連書籍】

幸福の科学出版 『渡部昇一 死後の生活を語る』 大川隆法著

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1944

 

【関連記事】

2017年11月12日付本欄 渡部昇一氏による「霊界レポート」発刊の意義とは

http://the-liberty.com/article.php?item_id=13774

タグ: 渡部昇一  東京裁判  南京大虐殺  ねつ造  国民党  便衣兵  

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