《本記事のポイント》
- アメリカの心理学会がメンタルにいい映画ガイドを出している
- 映画から「ポジティブ情報」「ネガティブ情報」が伝播する
- 『僕と妻の1778の物語』で描かれた「ユーモア」
精神科医
千田 要一
プロフィール
(ちだ・よういち)1972年、岩手県出身。医学博士。精神科医、心療内科医。医療法人千手会・ハッピースマイルクリニック理事長。九州大学大学院修了後、ロンドン大学研究員を経て現職。欧米の研究機関と共同研究を進め、臨床現場で多くの治癒実績を挙げる。アメリカ心身医学会学術賞、日本心身医学会池見賞など学会受賞多数。国内外での学術論文と著書は100編を超える。著書に『幸福感の強い人、弱い人』(幸福の科学出版)、『ポジティブ三世療法』(パレード)など多数。
仕事や人間関係に疲れたり、落ち込んだりした時、気分転換のために映画を見たくなります。その時、せっかくなら名作を見たいもの。
しかし、精神医学の立場から観たときに、同じ「名作」と言われるものの中でも、気持ちを浮かせるために「観るべき名作」と「観てはいけない名作」が分かれるといいます。
辛口評論家のお墨付きとも、動員数とも違う基準ですが、観る側にとっては大事な観点と言えます。
本記事では、国内外で数多くの治療実績・研究実績を誇る精神科医・千田要一氏に、「映画とメンタルの関係」、そして「名作映画の"診断"結果」について聞いていきます。
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アメリカの心理学会が出す映画ガイド
精神医学の立場から言うと、映画には、いい意味でも悪い意味でも、「単なる気晴らし」では済まないところがあるんです。内容によって、観た後の精神状態が大きく影響されます。
実はアメリカでは、メンタルにいい映画を推薦するガイドブックが発刊されています。
そのガイドブックには、『フォレスト・ガンプ/一期一会』は「自制心が身につく」、『バットマン ビギンズ』は「勇気が奮い起こされる」といった、作品名とメンタル面での効能が書いてあります。
発刊しているのは、「ポジティブ心理学会」という機関。「ポジティブ心理学」とは、ロンドン大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学などを中心に研究されている心理学の最新分野です。
向こうでは、自分の気持ちの状態や、伸ばしたい資質などに応じて、映画を「治療」に使う習慣があるんです。
一方、「精神医学的に推奨できる映画が存在する」ということは、逆もあり得るということ。どんなに評価された作品の中にも、「メンタルにとってマイナスと"診断"される」ものがあることは、知っておいたほうがいいでしょう。
「ポジティブ心理学会」も、人々をネガティブな映画からブロックするために、本心では『精神に悪い映画』のようなガイドブックを出したいところでしょうね。もちろんそんなことをすれば、「ネガティブキャンペーンだ」ということで、訴訟を起こされてしまうかもしれませんが(笑)。
映画から「ポジティブ情報」「ネガティブ情報」が伝播する
映画が、メンタルに影響を及ぼすメカニズムはシンプルです。
ストーリーや映像が表現する「ポジティブ情報」と「ネガティブ情報」が、そのまま観る側のメンタルに伝播します。
特に、映像で描写してしまうと、活字や漫画に比べて、「ネガティブ・ポジティブ情報」の伝播力が跳ね上がります。心理学的には、良くも悪くも、ビジュアライゼーションというのは重要なんです。たとえストーリーの一端にポジティブなものが含まれていても、あまりにも残虐な描写があった場合、そちら側が潜在意識に染み込んでしまう。
「サブリミナル効果」みたいなものです。普通のテレビ番組のコマの中に、本人が気づかないスピードでコーラの写真が挟み込まれる。すると見ている方は、なぜかコーラが飲みたくなる。
もし残虐なシーンが潜在意識に染み込んでしまうとどうなるか。普段は穏やかな人でも、仕事でキャパオーバーになった時、つい奥さんに暴力をふるってしまったりするわけです。仲のいい人に、つい暴言を吐いて、人間関係を壊してしまったりする。
映像の力ってあなどれません。「実写化してはいけないもの」って、あるのではないでしょうか。
「何がポジティブなのか」の研究
ここまで読んで、「映画の中のポジティブ情報・ネガティブ情報って、いったい誰が決めるんだ?」と思う方もいるでしょう。
実は心理学では、「人の幸福感にとってプラスになる感情とは何か」という分類の研究も進んでいます。
2000年代に入って、ペンシルベニア大学の研究チームが、古今東西3000以上の宗教、哲学、思想などの文献を網羅的に研究し、人間を幸福にする6つの美徳を統計解析して抽出しているんです。
その結果、「ポジティブ・エモーション」は、「知恵と知識」「勇気」「人間性と愛情」「正義」「節度」「精神性と超越性」といった要素に分類されています。
逆にネガティブな情報だと、「怒り」「憎しみ」「嫉妬」というのもありますが、他にも「うつ(気力がなくなってしまう)」「極度の不安症」「強迫性障害(極端なこだわり)」「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」など、いわゆる精神疾患に相当する感情でも分類できるでしょう。
日本人は物事をファジー(曖昧)にしたいところがあり、映画をそういう項目で分解することに違和感があるかもしれません。ただ、思考回路が「二元論」の欧米では、割とすっぱり分けちゃうんですよね。
『僕と妻の1778の物語』で描かれた「ユーモア」
例えば、『僕と妻の1778の物語』という映画があります。
SF作家・眉村卓と2002年に大腸がんで死去した妻・悦子の間にあった夫婦愛の実話物語です。SF作家である牧村朔太郎(草彅剛)は、妻の節子(竹内結子)と仲睦まじく暮らしていました。
ある日、節子は腹痛に襲われます。大腸がんに侵され、余命1年であることが告げられたのです。しかし朔太郎は、「笑うと免疫力が上がることがある」という医師の助言から、毎日1編ずつ妻のために笑える短編小説を書くことを決意します。それ以降、朔太郎は苦心惨憺しながら、1778もの物語を紡いでいきます。
その結果、奥さんの寿命がなんと5年近くも延びてしまうのです。
このエピソード自体、「映画を含む物語にどれだけの効用があるのか」を示しています。「笑える短編小説」の「ユーモア」は、先の分類で言えば「精神性と超越性」に入ります。こうして上向いたメンタルが、ガンの進行を遅らせることも、最近の免学研究では証明されています。
私たちも、この映画を観ることで、「ユーモア」や「愛情」といったポジティブな気持ちを得ることができます。節子のような、免疫が高まる効果もあるはずです。
(次回へ続く)