写真:ロイター/アフロ

2017年5月号記事

編集長コラム Monthly Column

トランプの「勤勉革命」に続け

―「最大の雇用を創造する」方法

「神が創造した中で、最大の雇用を創造する者となります」

トランプ米大統領は就任前にこう宣言した。メディアからは、トランプの政策は経済学の原則から外れる「反経済学」的なものだと指摘されている。しかし、これほど「ジョブ・クリエーション」(雇用創出)への自信を見せるのは何か根拠がありそうだ。

「モノを生産する力」の復活

ジョブ・クリエーションと言うと難しく聞こえるが、単純化すると、「より多くの人が仕事を通じて、他の人の役に立ち、所得を得られるようにする」ということだ。

国民は一生懸命働いて生産したモノやサービスをお客さんに購入してもらい、所得を得る。その国民の所得の総計が国内総生産(GDP)となる。

途上国になると、そうした「モノを生産する力」(供給能力)が十分にない。だから、海外から家電など耐久消費財を輸入するしかない。

先進国の場合は、大半のモノを自国で生産でき、海外にも売って稼いでいる。それだけの工場や、道路・鉄道・港湾などのインフラが高いレベルでそろっている。

さらには、エネルギー資源を安く手に入れられれば、世界最高レベルのモノを生産できる。

しかしアメリカでも日本でも、1980年代以降の製造業は安い人件費を求めて中国やアジア諸国に工場を移転させてきた。

利益最大化のために会社や工場が国境を越えてどこでも行くグローバリズムの流れを、トランプ氏は逆転させようとしている。そのために トランプ氏は、「モノを生産する力」の復活に向け、「工場の国内回帰」「インフラ投資」「安いエネルギーの確保」にねらいを定めているようだ。

トランプ政権によるイノベーション

自信満々にジョブ・クリエーションについて語るトランプ氏には、アメリカ復活の道筋がはっきり見えているらしい。

「工場の国内回帰」については、トランプ氏は自身の「ツイート砲」で、メキシコに工場を建てようとしているトヨタなど自動車メーカーを攻撃した。自動車は今、自動運転の実用化や電気自動車の急速な普及など大きな技術革新が起きようとしている。つまり、自動車は、ボタンを押したら人や荷物を目的地に運ぶ「家電」になろうとしている。

その製造拠点を国内につくり、アメリカが「自動車家電」産業をリードする。こんな未来を描いているのではないだろうか。

マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は、トランプ政権について「さまざまな規制をなくすことで、イノベーションを起こし、世界の主導権を握る可能性がある」と述べた。トランプ氏は大胆な規制緩和や法人税の大幅減税などを断行しようとしている。工場がアメリカに戻り、雇用を生み、税金を納めるためには、何でもやるという姿勢だ。

先の大統領選中に、自身の雇用政策を発表するトランプ氏。写真:ロイター/アフロ

鉄道文化を日本から輸入?

af8images/Shutterstock.com

シェールガスや高速鉄道などが、強いアメリカ復活のカギとなる。

「インフラ投資」については、老朽化した道路や空港などを修復することが中心と見られるが、トランプ氏は日本の高速鉄道網に強い関心を示している。

自動車が1人を運ぶエネルギーは、鉄道が1人の乗客を運ぶエネルギーの約6倍かかり、鉄道のほうが格段に効率がいい。クルマ社会のアメリカに、都市間を新幹線で移動する文化が取り入れられれば、「モノやサービスを生産する力」がさらに高まる。

「安いエネルギーの確保」のためには、トランプ氏はクリーン・エネルギーの開発を重視したオバマ前政権の方針を大転換すると見られる。トランプ氏は「地球は温暖化していない」という立場で、石炭など低コストのエネルギーに回帰しようとしている。

シェール革命で天然ガスや電力のコストが下がっていることも追い風だ。トランプ時代のアメリカは、ものづくりと製品の輸送により有利な国になりそうだ。

トランプ氏は、「より多くの人が他の人の役に立ち、所得を得られるようにする」という目標に一直線に突き進んでいる。

日本のジョブ・クリエーション

トランプ氏のジョブ・クリエーションの手段には大きく間違ったものはなさそうだ。「反経済学」というより、国を豊かにする基本を押さえている。であるならば、日本もトランプ氏にならい、「モノを生産する力」の復活を目指すべきだろう。

「工場の国内回帰」については、日本も未来産業への投資を加速したい。なかでも「時間を短縮したり、時間を創造したりする産業」は最優先すべきだろう。先に挙げた自動車の自動運転のほか、農業の自動化技術も実用化が近づいている。家事や介護のロボットも人工知能の発達で急速に性能が高まっている。日本も法人税などの大減税を断行することで、海外の生産拠点が国内に帰ってくるだろう。

「インフラ投資」については、やはり交通のさらなるスピード化だ。日本にも新幹線網がない地域はたくさんあり、国内こそ新幹線やリニアの新設に積極的になるべきだろう。

「安いエネルギーの確保」という点では、日本はそれができずに製造業を苦しめている。日本の電力料金はアメリカの2・5倍、ガス料金は4倍も高い。

まずは全国の原発の再稼働を今すぐ行うべきだ。オフィスや工場向けの電力料金は2011年の東日本大震災以降、約40%上がった。エネルギーのコストの面からも、日本は「国民の仕事を創り出し、所得を上げる」ことに集中すべきだろう。

牧師のように語るトランプ氏

トランプ氏は大統領選中、野球帽をかぶって地方都市を回った。「工場に勤めながら庭付き一戸建てを買い、週末には野球を観戦する」という、普通の人にとってのアメリカン・ドリームを復活させる願いを込めたものだとされる。

アメリカはもともと、イギリスなどでの宗教弾圧を逃れ、「自分たちの信仰を守りたい」と願ったキリスト教プロテスタントがつくった共同体だ。そして、イギリスに対する独立戦争は、「自分たちが努力して開拓し、得た富に対して勝手に税金をかけるのはおかしい」という義憤から始まった。アメリカン・ドリームの根底には、こうしたプロテスタントの勤勉の精神がある。

ワシントンでは毎年2月、全米の宗教関係者とワシントンの政界関係者が集まって祈りを捧げる「ナショナル・プレーヤー・ブレックファースト」という会合が行われる。そこに参加したトランプ氏は、まるで牧師のように心のこもったスピーチをした。

「アメリカは信仰者の国です。私たちの人生の質は、物質的な成功ではなく、霊的な成功によって決まるということを、簡単に忘れることがあります。(中略)私は、物質的な成功がなくても、たくさん家族がいて、篤い信仰心のある人たちを知っています。彼らは大成功者ほどお金がないかもしれませんが、幸せです。彼らは成功者だと言わなければなりません」

トランプ氏はアメリカの大成功者の一人なので、その言葉には説得力がある。この考え方は、「神への信仰を大切にしながら、どんな境遇からでも努力して道を切り拓いていこう」というアメリカ建国の精神に通ずる。

ジョブ・クリエーションを中心とした「トランプ革命」は、アメリカ本来の勤勉さと神の子としての尊厳を取り戻すものだと言えるかもしれない。

日本でも、勤勉さの復活や神仏の子の尊厳を語り、最大の雇用を創造する「宗教政治家」の登場が求められる。

(綾織次郎)