ベルリンの壁(In Green/shutterstock.com)

全国で上映されている、俳優のトム・ハンクスと、スティーヴン・スピルバーグ監督が4度目のタッグを組んだ映画「ブリッジ・オブ・スパイ」。今年度のアカデミー賞では、作品賞などの6部門にノミネートされ、注目を集めている。

作品は、米ソ冷戦中の1950年代から60年代が舞台。ハンクスが演じるアメリカ人弁護士、ジェームズ・ドノヴァンが、世界の趨勢を変えかねない、ある一人の弁護を引き受けたという「実話」に基づいている。

その一人とは、ソ連のスパイ、ルドルフ・アベル。ドノヴァンは、「敵であっても裁判を受ける権利がある」と考えて弁護を引き受けたものの、当時のアメリカでは「スパイの死刑は当然」という声が多く、"非国民"扱いを受ける。そんな状況にもかかわらず、紳士的な態度を崩さないドノヴァンに、アベルは心魅かれていく。

結局、ドノヴァンは、アベルを捕虜交換のカードにできると説得して、「30年」という判決を勝ち取った。冷戦という国際情勢の中では、政治的な駆け引きが量刑を左右したのだ。

大国の論理は東京裁判でも…

こうした現象は、今年開廷70年を迎える極東国際軍事裁判(東京裁判)でも見られたものだ。戦勝国である連合国は、「日本は悪魔だ」と思い込み、"首謀者"の極刑を当然のように求めた。だが、その量刑をめぐっては、大国の思惑も読み取れる。

実は、中国国民党が裁いた日本軍の有罪件数は、中国側よりも交戦期間が短かったイギリスやオランダのそれよりも少なかった。そこには、国民党が戦後、日本軍高官を利用したり、中国共産党との内戦が激化していく中での政治判断がある。また、松井石根大将を「南京大虐殺」の罪を着せて死刑にしたのも、同党の首都・南京を攻略されたことへの腹いせの意味合いが強い。

東京裁判を含む判決は、当時の国際情勢のもとでは、非常に政治性の高いものだ。それから約70年が経った今では、国際情勢などが大きく変わっているのだから、判決の見直しを求めてしかるべきではないか。

世論などが一色になることへの警告

また映画には、死刑一色に染まった世論やマスコミ、陪審員の様子が描かれている。この描き方には、ユダヤ人であるスピルバーグ監督の影響が見て取れる。ユダヤ社会では、「全員一致の議決は無効」という価値観のもと、多様な意見を尊重しているためだ。

ナチスによるユダヤ人虐殺は、民主主義の手続きを経て「合法的」に行われた。古くは哲学者ソクラテスも、陪審員の投票によって葬られた。現在、民主主義の価値は「絶対的」と思われている節があるが、その落とし穴にも目を向けるべきだ。

「ブリッジ・オブ・スパイ」は、大国が掲げる正義や、民主主義のあり方について、考えさせられるものが含まれている点で良作であろう。

(山本慧)

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