パリ市内のレストラン前でテロの犠牲者を追悼する人たち。「イスラム国」はテロリスト集団なのか。それとも「一交戦国」なのか。写真:AP/ アフロ

2016年1月号記事

パリ同時テロ

憎しみを超えて、愛を取れ

「イスラム国」が命がけで訴える5つの言い分

――キリスト教圏との「和解」は可能だ

「イスラム国」はアルカイダとは違う──キリスト教圏との「和解」はできる (2016年1月号記事)

11月13日のパリ同時テロは、2001年の9・11テロと同様に、「世界を変える」ものになりそうだ。

9・11テロ後、欧米各国は、事件を起こした国際テロ組織アルカイダなどとの対テロ戦争を続けてきた。そこに今回の犯行声明を出した「イスラム国」との新たな戦いが加わる。

アルカイダは地下に潜伏したテロ組織だったが、イスラム国はシリアやイラクのかなりの領域を支配し、事実上の「国」を建てている。一つの国家が「世界中でテロを仕掛ける」と予告しているというのは、アルカイダ以上の恐怖だ。

一般市民を狙った無差別テロは、許容することはできない。

イスラム教の聖典コーランには、「イスラム教徒を迫害する者は皆殺しにしていい」と書いてある箇所がある。イスラム教開祖ムハンマドの言行録で、コーランに次ぐ聖典のハディースには、女性や子供の殺害を禁じる部分と、戦いの中でそれを促すような部分の両方がある。ムハンマドの生きた7世紀の中東ならまだしも、世界中の人たちが交流するようになった現代で、その考え方を押しつけられてはたまったものではない。

130人以上の犠牲者を出したフランスのオランド大統領は「フランスへの戦争行為だ」と非難し、空爆強化の先頭に立つのは当然のことだろう。

イスラム国への空爆は、日に日に激しさを増している。オランド大統領は「容赦ない戦争を遂行する」と言っているので、アメリカやロシアを引っ張ってイスラム国壊滅・殲滅に向けて突き進むだろう。イスラム国にいる人たちを「皆殺し」しかねない勢いすらある。

「憎しみの連鎖」を断ち切るには

そのイスラム国は2014年6月、「カリフ制国家」の樹立と最高指導者バグダディ氏の「カリフ」就任を宣言した。カリフはイスラム教開祖ムハンマドの後継者で、イスラム社会全体の最高指導者を指す。第一次大戦後のオスマン帝国解体で、カリフは不在になっていたが、それ以来約100年ぶりに復活した。

今までは、本州の半分程度の広さのシリアとイラクの占領地を死守し、新しい国家の建設に力を集中させてきた。その方針を転換し、海外での組織テロに踏み切ったとされる。パリでの事件では、シリア難民にイスラム国の戦闘員を潜り込ませ、現地の支持者とともにテロを決行した。

もともとバグダディ氏はアルカイダの系列に属していた。あのオサマ・ビンラディンが1990年代につくった地下組織だ。1991年の湾岸戦争後、反米テロ組織として成長し、2001年のアメリカ同時テロ事件を引き起こした。2011年5月、米軍の特殊部隊に殺害され、アメリカなどの対テロ戦争は一つの区切りとなった。

だから、欧米各国がイスラム国をアルカイダに重ね合わせて、壊滅しようとするのは無理のないことだろう。

しかし、9・11以来、憎しみの連鎖に終わりがない。「イスラム国壊滅」は、その連鎖がさらに続くことを意味する。これを断ち切るにはどうしたらいいのだろうか。

イスラム国は単なるテロリスト集団か

12月14日発刊予定

正義の法

大川総裁の法シリーズ最新刊は、「正義」がテーマ。本欄で述べているイスラム国と欧米との対立について、その本質を解き明かしている。

幸福の科学グループの大川隆法総裁は、12月中旬に発刊される『 正義の法 』で、こう指摘している。

「イスラム教のほうは、今、『凶悪なテロをたくさん起こしている』と批判されつつも、信者の数は増えてきているので、やはり、キリスト教的な価値観では見えていない部分が、間違いなくあると考えられます」

欧米の側は、イスラム国を狂信的で凶暴なテロリスト集団と見ているが、それで本当にいいのだろうか。

イスラム国については、今回のテロもそうだが、異教徒を殺害したり、奴隷化したりする残虐性が問題視されてはいる。イスラム国は人質を取って、身代金を獲得できなければ、人質を斬首する。その映像をネットに公開し、世界中にアピールしている。

ただ、公開処刑ということならば、サウジアラビアでも毎週のように行われており、イスラム諸国では当たり前なのだという。

イスラム国の軍隊が女性や子供を殺したというニュースがしばし伝えられている。これも、イスラム法上、明確に規定された行為で、否定できるイスラム法学者は存在しないそうだ。中東・アラブの文化・風習としては、「よくある話」ということになる。

『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』の著者で、イスラム国の実態に詳しいロレッタ・ナポリオーニ氏は、本誌の取材にこう述べている。

「彼らの蛮行については、正直、我々に向けたデモンストレーションのようなものでしょう。単なる戦術にすぎません。イスラム国内のシャリーア(イスラム法)の適用は、サウジアラビアと比べて特別に残忍ということはありません。実際にはほとんど同じです。

むしろ、イスラム国は他の部族より先進的だと言えるかもしれません。例えば、イスラム国が特定の部族と交渉し、女性を石打ちの刑で処刑することをやめさせようとしたという話があります。

ですから、イスラム国の残忍な行為は、他の部族にとって特に問題視されているわけではありません」

注目を集める残虐性やテロ行為といったものは、イスラム国そのものではなく、イスラム圏全体の問題と考えるべきだろう。

イスラム国の主張する「正義」(1) 欧米の「虐殺」に対する反撃

イスラム国に対するアメリカ軍主導の空爆が続いている。写真は約1年前、聾唖学校が被害を受けた時の様子。軍事拠点に近い民間施設や住宅にも被害が及ぶことが多い。写真:ロイター/アフロ

そう考えたときに、「キリスト教的な価値観では見えていない部分」が、よりクリアに見えてくる。

それは、イスラム国に参加している人たちが考えている「正義」と言うべきものだ。

第一に、欧米の軍事的な攻撃に対する反撃という観点がある。

アメリカ政府は、2014年8月から始まった米軍など「有志連合」による空爆で、約1年間でイスラム国領域内の民間人590人が犠牲になったと発表している。しかし、独立ジャーナリスト団体の調査では最大約2000人が死んでいるとしている。

米軍は地上軍を出しているわけではないし、ジャーナリストも十分な取材活動ができるわけではないので、実態は分からない。

イラク内のメディアの報道をイギリスの調査機関が集計したものによれば、イラク内戦での犠牲者は2014年の1年間で1万8千人以上にのぼったという。アメリカ軍が支援するイラク政府軍とイスラム国軍との戦闘による死者が大半だ。

この中に米軍など「有志連合」がどれだけ直接関わっているかは定かではない。ただ、イスラム国の側からすれば、「米軍などが国民を無差別に虐殺した」と見てもおかしくない。

2003年からのイラク戦争で米軍などによって犠牲になったイラクの民間人は、アメリカとカナダの研究者による調査で50万人前後とされる。今の日本人には想像がつきにくいが、同じような経験を日本もしている。先の大戦末期に米軍が行った日本の主要都市に対する空襲では、40~50万人の民間人が亡くなった。

加えて原爆2発も落とされ、日本はもはや反撃はできなくなったわけだが、イスラム国は今回のパリ同時テロで、"ささやかな反撃"をしたということになるのだろう。

イスラム国の主張する「正義」(2) 排除されたスンニ派の復権

彼らの「正義」の二つ目は、イスラム教スンニ派の人たちの復権を求める戦いだ。

イスラム国の構成メンバーの多くは、2003年のイラク戦争後の米占領下で、フセイン政権から追い出されたスンニ派の人たちだ。親族も含めて公職から排除され、10万人もの失業者が生まれたという。代わりにかつては冷遇されていたシーア派の人たちを登用した(注)。

これは明らかに、フセイン元大統領らスンニ派に対する"罰"だった。フセインが率いていたバース党の幹部たちは裁判にかけられ、処刑された。

特定の勢力に統治を任せ、他の勢力との対立をあおる「分断統治」は、欧米による植民地支配の伝統的なやり方だ。その国内で憎しみ合う構造をつくることによって、国民が団結して「宗主国」に反抗しないようにすることを目的としていた。

これと対照的なのは、アパルトヘイト(人種隔離政策)を廃止した後の南アフリカだ。アパルトヘイトと闘い続け、ついに大統領に就任したネルソン・マンデラは、支配層だった白人に対して黒人たちが「復讐」することを認めなかった。

個々の白人がかつて行った残虐行為を告白し、一定の反省が見られれば、恩赦を与えることとし、実行した。国家に必要な人材をそのまま使い、白人だからと言って追放することはなかった。白人層が持っていた富を没収することもせず、共存共栄を目指した。

憎しみをあおるアメリカのやり方と、マンデラの白人に対する「許し」は対極にある。

だから、イスラム国は「排除されたスンニ派で自分たちの国をつくろう」という復権運動だ。家族や仲間をアメリカやイラク政府から防衛しているとも言える。

大川総裁は、『 正義の法 』の中でこう指摘している。

「体制に対して納得がいかないでいる人たち、特に、スンニ派の人たちに対して、何らかの自治権というか、居住権を与えるようなところで、線を引かなければいけないのではないかと考えています。私は、『反対する者は皆殺し』という考え方には賛成ではありません」

イラク北部の少数民族クルド人は高度な自治が認められ、大統領や首相までいる。少なくともそれと同等の自治権が与えられるべきだろう。

(注)7世紀に始まるイスラム教は、開祖ムハンマドの死後、シーア派とスンニ派に分裂した。シーア派は、ムハンマドの娘婿のアリーの子孫を正統な後継者とする血統重視で、イラン国民の大半がシーア派。スンニ派は、コーランやハディース(ムハンマドの言行録)を守ることを重視する。世界のイスラム教徒の9割を占める。

イスラム国の主張する「正義」(3) 欧米による植民地主義の克服

三つ目は、現在にも尾を引く欧米による植民地主義に対する異議申し立てだ。

イスラム国は、第一次大戦中にフランスなどが自分たちが支配しやすいように勝手に引いたイラクやシリアの国境線を引き直そうとしている。

つまり、イスラム国の人たちは、かつてシリアを植民地支配した旧宗主国フランス、さらには現代の「宗主国」アメリカに対する「独立戦争」を仕掛けていることになる。中東の人々にとっては、欧米の植民地支配は今も続いており、そこから脱却しようとしている。

「自分たちの宗派や民族で、自分たちが責任を持てる国をつくりたい」――。この志は、イギリスの植民地だったアメリカが独立戦争を戦った志と変わらないものだ。ある意味で、「自由の創設」と言っていい。

フランスは1775年からのアメリカ独立戦争で、アメリカ側に味方して参戦した。今、イスラム国が「独立」を勝ち取ろうとしてアメリカやフランスなどと戦っているのは、何とも皮肉な構図だ。

あるいは、欧米列強のアジア侵略の脅威に対して立ち上がり、「独立」を守るために近代国家づくりにまい進した維新の志士たちや明治政府の指導者にも通ずるものがある。初代首相になった伊藤博文も、幕末にはイギリスなどから見れば、公使館を焼き打ちした「テロリスト集団のリーダー」だったので、バグダディ氏の位置づけと、もしかしたら変わらないのかもしれない。

イスラム国の「独立」という点では実際のところ、現在のイラク内戦、シリア内戦の解決策として、イラク分割、シリア分割の提案がさまざまな専門家や政治家から提案されてきた。イラク分割については、バイデン副大統領が上院議員だった06年当時、すでに提唱している。近年、中東のメディアは、「イラクは分割に向かっており、すでに議論が行われている」と報じている。

シリアについても元米大統領補佐官で、国際政治学者のキッシンジャー氏らが、「シリアは分割すべきだ」と主張している。

この大きな流れは止められないだろう。

シリア難民流入は、欧米のカルマの刈り取りか

イスラム国が欧米に対する「独立戦争」ならば、今、中東で、500年続いてきた白人優位主義による植民地支配への反省を求める動きが起こっていることを意味する。

歴史の流れで見れば、ヨーロッパ諸国は、1500年代から本格的に南北アメリカ大陸やアジアに植民地をつくり、富を奪い、現地人を虐殺した。当時の中世のイスラム世界は世界で最も繁栄した地域だったが、近世以降、宗教改革、産業革命によってヨーロッパが力関係で逆転した。

イスラム世界には19世紀に入ってヨーロッパの列強が侵入し、中東から北アフリカを支配した。第一次大戦でオスマン帝国が敗れた際、同帝国の支配地域を分割して支配したのがフランスやイギリスだ。

イスラム国の「独立戦争」によって、イラクやシリアの国境がなくなり、シリア難民がヨーロッパに押し寄せている現状は、欧米による植民地支配の「カルマの刈り取り」のように見える。

イスラム国の主張する「正義」(4) かつての十字軍に対する反撃

さらにさかのぼれば、11世紀から13世紀にかけてのヨーロッパによる「十字軍」に対するリベンジが起きているとも言える。十字軍は、聖地エルサレムをイスラム教徒の支配から奪還する目的。一時期を除いて成功せず、十字軍による略奪や殺戮にイスラム世界は翻弄された。

イスラム国が今、ヨーロッパやアメリカを「十字軍国家」と呼び、900年越しの反撃をしているかのようだ。あまりにも時間が経っているので"時効"をかけてもらいたいところだが、これもイスラム国の主張する「正義」の一つではあろう。

さすがにイスラム国が南欧やエジプトなどまで広がっていたオスマン帝国の領土を復活させるならば行きすぎではある。ただ、イラク戦争後のアメリカ支配や、それ以前の欧米の植民地支配などを考えれば、イラクやシリアにまたがる地域で「自分たちの国を建てる」大義名分はあると言えそうだ。

現時点では、欧米にとって「イスラム国との話し合いはあり得ない」ことになっているが、イスラム国との「国境交渉」は十分あり得るものだ。

前出のナポリオーニ氏は、こう指摘している。

「中東はロシアとヨーロッパの裏庭です」「EUはロシアと共同でシリアやイラクの安定化を図るべきです。イスラム国のリーダーたちと交渉し、地域分割を含んだ安定化に努めるべきです。国境の制定に合意したら、ロシアとともに中東の再分割を進めるべきです。最終的にイスラム国は地域的な存在として認められます」

無差別テロは許し難く、国民を守るためにフランスなどが戦うのは当然としても、「壊滅や殲滅でいいのか」と立ち止まって考えてみるべきだろう。

イスラム国の主張する「正義」(5) すでに近代国家として立ち上がっている

「キリスト教的な価値観では見えていない部分」は、このほかにもある。

欧米はイスラム国について、「テロリスト集団がつくった擬似国家」と見ている。だからこそ「壊滅せねば」となるわけだが、それでいいのだろうか。

イスラム国の最高指導者バグダディ氏はカリフ就任時の説教で、世界のイスラム教徒にイスラム国への移住を呼びかけた。

「イスラム教徒よ、急げ。アッラーに帰依する宗教とともに移住せよ」

「我々が必要な人材は、イスラム法学者とともに、軍事、行政、サービスの専門家、医者、あらゆる分野のエンジニアである」

まるで企業の人材募集のようだが、バグダディ氏は新しい国家の建設に有為な人材を求めたのだった。

イスラム国では、各省庁や警察など行政機関が機能している。動かしているのは、イラクの旧フセイン政権の幹部や実務者、軍人たちだ。旧イラク軍の元将校たちが数万人の戦闘員を指揮している。世界から集まる戦闘員にも"公務員"にも、報酬が支払われている。

そのための"予算収入"は、原油の販売・輸出、企業からの徴税、誘拐による身代金獲得も含め、2000億円規模になるという。これだけの"国家予算"になると、決算書まで整備されている。

これらの資金を使って、治安を安定させつつ、貧困者や孤児のための食糧配給、電力の供給、道路補修、医療サービス提供などを行う。治安が維持され、衣食住も整ってくると、住民の支持を得るようになる。

病院では、ポリオ・ワクチンの予防接種までやっている。イスラムの教えには、予防接種など存在しないので、カリフ制国家をつくると言っても、中世のイスラム国家を再現するわけではないようだ。

イスラム国は、中世返りの封建国家などではなく、近代国家として立ち上がっていると言える。

国際法では、国家の成立には、領土と国民とそこを治める政府(主権)の三つと、他の国の承認が必要とされている。ただ、一部には他国の承認がなくても独立国家として認められるという説もあるので、今の時点でもイスラム国は十分「国家」と言えるかもしれない。

バグダディ氏の「大義」に共感する人たち

カリフ就任時の説教でバグダディ氏は、イスラム国家建設の理想を説きながら、こう語りかけた。

「私が最も優れているわけではない。私が正しいと思ったら、手を貸してほしい。私が間違っていると思ったら、私に教え、正しい道に戻してほしい。私があなたがたの中の神に従う限り、あなたがたも私に従ってほしい」

バグダディ氏はこれまで指揮した戦闘の多くで勝利を収め、軍事的指導者として台頭してきた。昨年、カリフを名乗ったことで、宗教家としての位置づけが強くなってきている。

こうしたバグダディ氏のメッセージを欧米メディアや専門家は、「世界のイスラム教徒にアピールし、惹きつけるためのメディア戦略の一環」と分析している。

ただ、3万人余りとされるイスラム国の戦闘員の半分以上は、欧米出身も含む外国人。イラクの隣のサウジアラビアや北アフリカのチュニジアからの参加が最も多い。サウジアラビアでのとある調査では、92%の人たちが「バグダディ氏を支持する」と答えているのだという。

西欧諸国からは約5千人が渡航しているとされる。これまでイスラム系移民を受け入れてきたフランス、ドイツ、イギリスが多い。

メディアでは、ヨーロッパ社会にとけこめない不満からイスラム国に参加しているということになっているが、一流大学で教育を受けた若者も参加しているというから、「狂信的」とか「洗脳」とかいう言葉では片づけられない。

全戦闘員は3万人どころか、10万人いるという調査もある。 数万人がバグダディ氏の掲げる「大義」に共感し、イスラム国に結集している可能性がある。

おそらくアルカイダのビンラディンは、欧米の繁栄の破壊ということだけを追求したと考えられる。イスラム国の理想として、イスラムの教えに基づく国づくりをして、人々の幸福を実現しようとしているなら、バグダディ氏はビンラディンの対極にある存在とも言えるのかもしれない。

となれば、やはり、 イスラム国を単なる凶暴なテロリスト集団と見るべきではないのだろう。

憎しみを超えて、愛を取れ

バグダディ氏の発言はすべて、聖典コーランに基づくものだという。そのため、バグダディ氏が欧米の空爆などによって殺されたり、イスラム国が壊滅させられたりしたとしても、同じスタイルを採って、後継者が出てきたり、第二のイスラム国が登場したりするだろう。

前出のナポレオーニ氏はこう"予言"した。

「私の本(『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』)は、英語名で『イスラムは不死鳥である』というタイトルですが、本当に不死鳥なのです。たとえ現在のイスラム国を倒しても、10年後にはまた次の組織ができているでしょうし、それはどんどん強力なものになるでしょう」

イスラム国の壊滅・殲滅は無意味である可能性が高い。それは、2001年からの対テロ戦争が、「憎しみの連鎖」だけでなく、「憎しみの増幅」という結果を招いていることからも分かる。

今こそ私たちは「憎しみを超えて、愛を取る」というアプローチに転換し、イスラム国やイスラム教を理解し、キリスト教圏との和解を探らなければならない。

宗教和解へのイノベーション(1) 愛の神を重視するイスラム教、キリスト教改革

以上の「イスラム国の主張する正義」は、ほとんどの論点について先の『正義の法』で示されているものだ。

さらに同書は、イスラム教とキリスト教が和解するためには、誕生してから長い年月が経った二つの宗教のイノベーションが不可欠だと指摘している。

世界の著名な神学者も明らかにしていることだが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教には、普遍的な愛の神エローヒムへの信仰と、排他性の強い民族神ヤハウェへの信仰が混在している。愛の神への信仰に絞ることがイノベーションの第一だ。

三つの宗教は「一神教」とされ、それぞれの信者もそうだと思い込んでいるが、さまざまな「神」や「天使」が地上に生まれた預言者を導いて、これらの宗教が立ち上がったというのが真実だ。

イスラエルの民族神ヤハウェは、ユダヤ教の聖典の旧約聖書に数多く登場する。例えば、「主が命じられたように(他の民族を)滅ぼし尽くさなければならない」というように、他民族・他宗教を憎み、殲滅しようとする。

一方で、旧約聖書には、「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」という神の言葉もある。これが愛の神エローヒムの導きだ。

愛の教えと憎しみの教えの両方が、キリスト教、イスラム教に流れ込んでいる。この憎しみの部分が、キリスト教とイスラム教の千数百年にわたる対立を生みだし、これからも続こうとしている。

キリスト教、イスラム教ともに、その中心に流れる愛の神への信仰を大切にしようという宗教改革が全人類的に必要になっている。

宗教和解のためのイノベーション(2) イスラム教の古い教えをリストラする

もう一つ重要なのは、イスラム教が現代社会に適応するための改革だ。

イスラムに異教徒を殺したり、奴隷にしたりすることを容認する教えがあると言っても、それを現実に実行されては、共存することが難しくなる。そうした行動に訴えない大半のイスラム教徒にとっても迷惑な話だろう。

やはり、古い教えのリストラが必要だ。ムハンマドの時代や中世イスラム国家では通用しても、現代社会では人々の自由を縛ってしまっている。

コーランを憲法とし、シャーリア(イスラム法)を法律とする国では、姦通には石打ちによる死刑、窃盗には手足の切断など、残酷な刑罰が今もあり、人権抑圧が強すぎる。イスラム国はむしろ、女性への石打ち刑をやめさせようとしたぐらいだから、そこではイスラム教改革が始まっているとも言える。

最も人々を縛っているのは、イスラム教から改宗したら死刑になるという部分だろう。信教の自由がなければ、思想・信条の自由、言論・出版の自由、集会・結社の自由もない。

自由な意見表明や同じ志を持って企業を立ち上がることができなければ、政治参加の自由や経済活動の自由は大きく制限される。

イスラムの教えの中の、生活習慣や風習、具体的な政治・経済の運営に関わる部分を間引いていくことによって、民主主義的な政治参加の道や、個々人が豊かさを追求する自由が開けてくる。

イスラム教とキリスト教に必要なイノベーション

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明治維新がイスラム圏のモデルになり得る

イスラム圏ではこれまで、自助努力の考え方が根づきにくかった。イスラム教は「アッラーだけが圧倒的に偉大で、人間の力は意味がない」という人間観なので、豊かになるもならないも神様次第という考え方が強かった。

地上の人生の中で努力して豊かになって、他の人の人生の助けになることは、ある意味で「神様」に近づいていくことだ。ヨーロッパで近代資本主義がプロテスタンティズムを土壌に起こってきたように、イスラム圏に新しい繁栄思想が必要になっている。

イスラム圏の国々でモデルとなり得るのは、一つには日本の明治期の近代国家建設だろう。先に「イスラム国の主張する正義(3)」で触れた「欧米による植民地主義の克服」を、日本は19世紀後半に成し遂げた。

今の時点でイスラム国は、長州藩を中心とする志士たちのような「尊王攘夷運動」をやっていて、暴力行為も度が過ぎているところがある。しかし、どこかの時点で開国と富国強兵へと転換する可能性はある。意外にもイスラム国がイスラム教改革の役割を担うこともあり得るのではないだろうか。

日本に学んだトルコ革命もモデル

もう一つのモデルは、第一次大戦でのオスマン帝国崩壊後、日本の近代化に学んだトルコ革命だ。

トルコ建国の父ケマル・アタチュルク大統領が断行したもので、生活習慣や政治、経済からのイスラムの分離を徹底させた。具体的には、イスラムの礼拝の数を減らしたり、女性のベールの着用を禁じたりした。ヨーロッパ式の近代法体系を導入し、イスラム教を国教とする規定も廃止した。

トルコが経済的に発展するのは21世紀を待たなければならなかったが、初代大統領による「革命」が100年近くを経て花開いたことになる。

キリスト教で個人の人権や自由が認められるようになったのは、その誕生から1600年が経ってからだ。それまでは魔女狩り、異端派弾圧、宗教戦争でたくさん人たちの血が流れた。イスラム教は誕生してからまだ1400年なので、あまり多くを求めすぎてもいけないのかもしれない。

イスラム教圏では、まさにこれからの100年、200年で、宗教改革とその後の政治改革、近代的な資本主義の発展という大きな変化が起こってくることだろう。

宗教和解への「地球的正義」が示された

イスラム国“カリフ”バグダディ氏に直撃スピリチュアル・インタビュー

ムハンマドよ、パリは燃えているか。―表現の自由VS.イスラム的信仰―

1月のシャルリー・エブド襲撃事件の直後に収録された、イスラム教の開祖ムハンマドの霊言(右)と、日本人人質事件を受けて収録されたバグダディ氏の霊言(左)。イスラム側の「正義」が理解できる。

こうして見れば、「イスラム国の主張する正義」のほとんどは、日本が経験し、成し遂げてきたものだ。

欧米の植民地支配の脅威に対して立ち上がった明治維新と近代国家建設。アジア支配の野望を捨てきれないアメリカとの戦争と敗戦、そしてイラク戦争後と同じようなアメリカによる占領統治。

アメリカの空襲や原爆投下に対して、日本は暴力で反撃することは諦め、戦後の経済発展で"反撃"したところは、イスラム国とは大きく異なっている。

イスラム圏の人たちにとって、これからの道しるべになるような経験や智慧が日本にはたくさんある。

さらには、大川総裁の『正義の法』には、イスラム教とキリスト教が和解するために必要なイノベーションが説かれている。

イスラム教とキリスト教が平和的に共存できる未来が開けていくならば、まさにそれは「地球的正義」が明らかにされたと言っていいだろう。

2015年は、イスラム・テロの年となった。来年もそれが続くのだろうか。「地球的正義」を打ち立て、「人類史の大転換」が始まる年にしなければならない。

(綾織次郎)